京都 便利堂から、国文学科 月岡道晴教授が所蔵する、金澤文庫本『萬葉集』巻十三・三二四〇の長歌断簡が収められた、『金沢文庫本 万葉集巻第十二第十三 原寸大コロタイプ複製』が限定150部で出版されます!
2025年10月27日
京都 便利堂から、国文学科 月岡道晴 教授が所蔵する、金澤文庫本『萬葉集』巻十三・三二四〇の長歌断簡が収められた、『金沢文庫本 万葉集巻第十二第十三 原寸大コロタイプ複製』が限定150部で出版されます!詳細は京都 便利堂のホームページをご覧ください。
金澤文庫本『萬葉集』巻十三・三二四〇の長歌断簡 国文学科 教授 月岡道晴
金澤文庫本『萬葉集』は伝称筆者を名筆家の「青蓮院尊圓」法親王とする断簡として、各地でバラバラに残されています。『萬葉集』には原本が現存せず、元々の形態や書式を窺うには平安時代から江戸時代にかけて書写された写本を用いて復元するしかありません。しかも金澤文庫本の場合は断簡として各地に散在する状況ですから、これを集成して一冊とした今回の出版は、この復元作業に大きな手掛かりを与えるものです。
収録された断簡〔図一〕は、千葉一幹、西川貴子、松田浩、中丸貴史編『シリーズ世界の文学をひらく⑤ 日本文学の見取り図――宮崎駿から古事記まで――』(令四、ミネルヴァ書房) の「『万葉集』」の項目で、既にモノクロ画像が掲載されています。縦三一.六×幅三センチのこの切は、『校本萬葉集 新増補追補』でも校合にかかっており、「*文、「八十阿毎嗟乍吾過徃者弥遠丹里離来奴」ノ一行ノミ存ス」とある記述がこれに該当します。また同書「萬葉集諸本並びに斷簡類の解説」にも、「今回增補に充てたものは、…(中略)…次の通りである。」として、「卷第十三 三二四〇(第二十二句「八十阿每」以下「里離來奴」まで 某家藏手鑑」(「手鑑」は古筆切のスクラップブックのこと)との記述があって、まさにこの切が該当することが判明します。漢字本文の十七字は下端に至って字が大きくなるなど、筆勢や書風においても他の断簡と共通する点が多く、尊円法親王の真筆かどうかは不明ながら、同一筆者の手に成るものと判断してよいでしょう。
三二四〇歌断簡には天地に界線が引かれており〔図二〕〔図三〕、『冷泉家時雨亭叢書第三十九巻 金沢文庫本万葉集巻第十八 中世万葉学』(冷泉家時雨亭文庫編『冷泉家時雨亭叢書第三十九巻 金沢文庫本万葉集巻第十八 中世万葉学』平六、朝日新聞社)の「解題」には、
料紙は斐紙(鳥の子)で、料紙の表裏に、金泥で長方形の罫を引いたものを、二つ折りして用いている。したがって、綴葉装の各丁の表は上・下・左、各丁の裏は上・下・右の三方に金泥の罫を引いた形になっている。罫の高さは二七・六センチ、横幅は綴目から二三・二センチ。見開きで縦二七・六センチ、横四六・四センチの長方形の罫になる。この金泥の罫が「金澤文庫本万葉集」の大きな特徴である。(傍線引用者)
と述べられていて、この天地の高さは三二四〇歌断簡と完全に一致します。画像ではわかりづらいこの界線を、今回の多色刷コロタイプ出版では明瞭に見ることができます。
このコロタイプ印刷は、細密な写真を色ごとに分解してガラス板に何重もネガを焼き付け、浮世絵と同じく一枚の紙に何度も何度もインクを重ね合わせて印刷する技法です。大きな機械を回しながらも職人が人の手で行なう作業が多く、見学させてもらった際には技術の伝承が非常に大きなウェイトを占めていると感じました。
この印刷物がオフセットの高精細のドットの集合よりも精巧なことは一目瞭然です。便利堂は『鳥獣戯画』の複製なども出版していますが、特に墨の濃淡に関しては実物に勝るとも劣らない出来栄えになります。従ってたいへん高価な出版物となりますので、ぜひ各地の図書館などに購入希望を出してご覧になってください。
〔図一〕
〔図二〕
〔図三〕
月岡道晴 所蔵